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オミ物語幼少期エピソード

どもども

釣りバカ日誌面白いですよね。みちこさんは石田えり派です


前回は最近の大久保について。時間を命と捉えようということをお話ししました。


今日は大人気のエピソード回にしよう

幼少期エピソードでも話しましょうかね。


僕のはっきりした記憶は4歳で保育園の年少になった。ということだ

多分もっと前から保育園に通っていたのだが正確に何歳から通っていたのか思い出せない。


年中くらいになると意識もはっきりしてきて友達を友達と認識できるようになった。

ユタカくん、ツバサくん。それと仲良しの好きな女の子がいたんだけど名前はなんだっけ。

小さな頃の記憶とはそんなものだ。


ユタカくんはのっぽでサッカーが得意だった。性格はクラスでいう標準なタイプだ。誰とでも普通に接した。

ツバサくんは変わり者で僕と同じいじめられっ子タイプだった。

僕は首が長かったので「ろくろ首」というあだ名をつけられていた。

ずっとコンプレックスだったが大学生のとき、美容師さんに「大久保さんは首が長いからどんな洋服も似合いますね」と言ってもらえたことで「ろくろ首」の呪縛からは解放されている。


僕は今では考えられないくらい引っ込み思案で言いたいことは何も言えない、それも泣き虫だった。従兄弟頭でおじいちゃんおばあちゃん、おじおばから甘やかされすぎたせいか、過保護なことも原因だったのかもしれない。

わがままでこれはこれと決めたら絶対に譲らない、帽子の位置がずれていたらお散歩に行かないと駄駄を捏ねる面倒な性格であった。


とにかくすぐに泣く。女の子より泣く、お恥ずかしながら割と最近まで直らなかった。


泣き虫なのでおじいちゃんが脳卒中で倒れたことをきっかけに「身内の不幸」を思うと数秒で涙が出るという役者ならば大事な才能が生まれ、そのうち消えた。

あと証拠に涙ボクロがある。


卒園した後で僕は知ることになったのだが先生たちの間で「トシオミくんファンクラブ」があったらしい。他の子のファンクラブはなく僕だけがファンクラブという特別な人気を独り占めしていたようだ。それがなぜかはわからない、素直だったからか手がかかったからか不明だが大人の女性の人気を5歳にして獲得していたことは喜ばしいことだ。


当時、いじめっ子によく殴られていたツバサくんの前に仁王立ちして「やめろ!!」とかっこよく参上してはいつも一緒にやられていた。

戦隊モノの影響なのか潜在的な善の意識で守ろうとしたかわからないが、大きくなっても同じような場面が訪れては庇い、自分がいじめの対象になりいじめられていた人もいじめ側に回るという未来に繋がるわけだが僕は後悔していない。


音楽を始めてから「ひねくれる」ということがかっこいい生き様と勘違いする時期も訪れる。憧れていたレジェンドたちは決して「ひねくれている」わけでないことに気がついてからは今までの自分のエセひねくれをカッコ悪く思えるようになった。


と脱線したが、僕には好きな女の子がいた。両想いだったと母から聞かされていたが当時の保育園児はませていなくて「好き」だなんて言葉さえもよく知らないでいた。多分彼女の方も。そんな3人の仲の良い友人たちと土日、保育園がなくても家族ぐるみで時々遊んだ。


習い事は七田式教育七田式教育というのをやっていた。右脳を鍛える教室だ。絵柄をフラッシュで出され順番通り答えたり、帰りには通り過ぎた車のナンバーを全部覚えたり、訳も分からずやっていた。この間テレビで特集されていて「ああ、これやってたな」という程度だが。

発表会ではピアノを弾いたこともないのにシンセサイザーに立候補して、猛練習をした。

マーチングでスネアを叩いたり

でもこれを読んでくれている皆さんはきっともっとたくさんの習い事をしていたでしょう。


僕は母の会社の近くの保育園に通っていたので車で片道2,30分かかっていた。

母が音楽好きでいろんなカセットがかかっていた。

ユーミン、スピッツ、ミスチル、中島みゆきが多かったと思う。

これらの音楽が今の僕の音楽性の土台を形成していることは間違いない。


歌の上手い母と違い、僕は父に似て音痴の中でもタチの悪いレベルの音痴だった。

でも歌うことが大好きだった。


卒園の時に担任の先生に「トシオミくんの性格がいいほうに生かされるといいですね」とパワプロでいう青と赤が半々の特殊能力を手にいれて小学校へと進学することになる。


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